「好きだった。でも苦しかった」——レズ風俗で恋をした私が、ガチ恋の沼から抜け出すまで
1. レズ風俗で「ガチ恋の沼」に落ちた私の話
あの安心感が、すべての始まりだった
利用のきっかけは、ただ「癒やされたい」という気持ちでした。 仕事や人間関係に疲れて、誰かに優しく触れられたくて——そんな思いで“レズ風俗”という世界に足を踏み入れました。
担当してくれたのは、優しくて心遣いのあるキャストのAさん。
一言ひとことが柔らかく、こちらの気持ちを丁寧に読み取ってくれるような人でした。
初対面なのに、まるで昔から知っていたような安心感を与えてくれる人でしたし、正直、ビジュアルも私のど真ん中でした。
会っているあいだ、Aさんはとても聞き上手で、私は気づけばたくさんのことを話していました。
すべての会話で否定されることは一度もありませんでした。
ただ受け入れられ、甘やかされ、心がほどけていくような時間でした。
プレイのときも、彼女はとても丁寧で、触れるたびに優しい声をかけてくれました。 それは、ただの女性同士の行為ではなく、“ふたりでひとつになる”ような感覚で、気づけば夢中になっていました。
女性と身体を重ねることは初めてではありませんでしたが、初めて「心から気持ちいい」と感じたのです。
2回目の指名——会いたい気持ちが止められなかった
初めて会った日から、ずっとAさんのことが頭から離れませんでした。 仕事中も、電車に乗っているときも、夜寝る前も、ふとした瞬間にあの時間を思い出してしまう。 「また会いたい」——その気持ちを自分でも抑えられず、すぐに2回目の指名を入れました。
再会したとき、彼女は少し驚いたように笑って「また会えて嬉しい」と言いました。 たったそれだけの一言なのに、「私のことを覚えててくれた」と胸が熱くなりました。 もちろん営業トークだと分かっていたけれど、それでも嬉しかったんです。
お互いを知らないままの時間も楽しかったのですが、2回目は自分を知ってもらう時間、Aさんのことを知る時間になり、1回目とはまた違う穏やかで温かい時間になりました。
今思えば、私は完全に“癒やされに行く”のではなく、“彼女に会いに行く”ようになっていました。 気づけば、心の中で彼女が占める時間がどんどん増えていったのです。 その頃の私は、もうすでに“恋の始まり”の中にいたのかもしれません。
3回目の指名——私をわかってくれるのは、この人だけだと思った
3回目の指名は、少し間をあけてから行きました。 「また行ったら、しつこいと思われるかな」と考えて、短期間で行き過ぎるのはよくないと自分に言い聞かせていました。
それでも、気づけば彼女から届いた「また会いたい」というお礼の連絡を何度も何度も見返して、そのときの幸福感を思い出していました。 とうとう我慢できなくなって、「また会いたい」と思わずAさんの投稿やスケジュールを開きました。 そして、気づけば予約を入れていたんです。
当日、待ち合わせ場所に向かうと、Aさんがいつものように笑って待っていました。 その笑顔を見た瞬間、胸の奥の不安がすっと消えていくのが分かりました。
「会えるの楽しみだった」「あの話どうなった?」「前に言ってたあそこ、行きたいね」 そんな言葉を交わしながら、深まった関係性でしか成り立たない会話が増えていき、ずっとつながっていることが嬉しくて、気づけばかなり長い時間、お話で盛り上がっていました。
そして、会うことに罪悪感を感じる必要なんてなかったんだ——そう思えた瞬間、胸の奥がふっと軽くなったのを覚えています。
彼女は、私が言葉にしなくても気持ちを汲み取ってくれる人でした。 私が仕事で落ち込んでいたこと、誰にも言えなかった不安、 そういうものを察して、そっと寄り添ってくれる。
そんな彼女のやさしさに触れるたびに、 「私のことを理解してくれるのは、この人しかいない」 そう強く感じるようになっていきました。
いつの間にか、Aさんといる時間が“非日常”ではなく、“私の日常の一部”になっていました。 このときの私は、もう“癒やし”を求めていたわけじゃありませんでした。 ただ、彼女に“見てほしい”“わかってほしい”——
そんな気持ちが、自分の中で静かに膨らんでいったのです。
キャストのプライベートが気になって、苦しくなっていった
それから、Aさんには何度か会いました。 回数を重ねるたびに、会話の内容も少しずつ深くなっていき、 気づけば、仕事の話だけじゃなく、誰にも打ち明けることができなかった自分の暗い過去のことまで話すようになっていました。
自分のことをたくさん話す中で、そのぶん、Aさんのことをもっと知りたいと思うようになりました。 どんな音楽が好きなのか、休みの日は何をしているのか、 そして——この時間の外で、誰と過ごしているのか。
最初は「お店以外でも、こうやって笑っているのかな」って、 ただ想像するだけで幸せでした。 でもいつの間にか、その想像が苦しくなっていきました。
もし今、別のお客さんと会って笑っているのだとしたら——。 あるいは、誰か特別な人がいるのかもしれない。 その時間、彼女はどんな表情をしているんだろう。 私にも向けてくれたあの優しい目を、 他の誰かにも向けているのかと思うと、胸の奥がざわざわしました。
彼女の投稿を見るたびに、投稿の一言一句を深読みして、 “この言葉は誰に向けたんだろう”なんて考えてしまう自分がいました。
本当は“仕事”だって分かっているのに、 会うたびに期待して、会えない日は不安になる。 心がどんどん制御できなくなっていったんです。
もしかしたら、私のこの“心の加速”は、Aさんにも伝わってしまっていたのかもしれません。 それを裏付けるように、10回を超える指名をしたある日、これまで一度も言われたことのない言葉を聞きました。
「私だけではなく、他のキャストさんにも入ってみると楽しいよ」と。 平然を取り繕っていましたが、心でほしかった言葉は「私以外の人に会わないでほしい」でした。 その瞬間、胸の奥で何かが静かに崩れたような気がしました。 利用後に感じたのは幸福感ではなく、どうしようもない寂しさと悲しさだったのを、今でも鮮明に覚えています。
自制が利かなくなり、独り占めしたくなった
悲しい気持ちはありましたが、それでもAさんに会うことは止められませんでした。 会えばまた苦しくなると分かっていても、彼女に会いたい気持ちが抑えられなかったんです。
いつの間にか、自分の行動やAさんの反応に理由をつけて、心の中で言い訳をしていました。 「あの時は私があまりにも短期間で予約をしていたから警戒されただけ」「Aさんは優しいから、心の加速を止めてくれただけ」「これは”推し活”だ」—— そうやって、勝手にキャストさんの気持ちを想像して安心しようとしていたように思います。
この時点で、“会いたい気持ち”に自制がきく段階ではありませんでした。 Aさんのスケジュールが更新されるたびに、私は反射的にチェックしていました。 誰かが予約を入れた形跡を見つけると、胸がぎゅっと締めつけられ、 まるで彼女を“奪われた”ような気持ちになりました。
理性では「仕事なんだから、仕方ない」と理解しているのに、 感情がどうしても追いつかない。 彼女の笑顔が、もう自分だけのものではない現実を突きつけられるたび、 心の中で何かが崩れていくのを感じました。
気づけば、Aさんに会うために、そして他の誰かに会わせないために、無理をしていました。 生活費を切り詰めてでも、彼女の予約を入れてしまう。 「今回はやめておこう」と思っても、 数日経てば彼女に会いたくて、指が勝手に予約ボタンを押していました。
そして、どこかで“彼女を独り占めしたい”という気持ちが膨らんでいきました。 他の誰かの前で笑わないでほしい、 私にだけ見せてほしい——そんなことを考えるようになっていました。
でも同時に、そんな気持ちを抱く自分が怖かった。 好きという感情が、いつの間にか苦しさに変わっていく。 “会いたい”が“会わなければ苦しい”に変わっていく。
そんな自分を、止めることができなくなっていったんです。
嫌われたくないと、特別扱いされたい気持ちの間で揺れていた
Aさんへの想いが強くなるほど、私は自分の中の気持ちをうまく整理できなくなっていきました。 「嫌われたくない」「いいお客様でいたい」という気持ちと、 「私だけを見てほしい」「特別扱いされたい」という気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざっていたんです。
Aさんに迷惑をかけたくないのに、距離を置かれるのも怖い。 “いいお客さん”でいれば嫌われない、でも本当は“特別な存在”でいたい。 そんな矛盾した感情が、自分の中で渦を巻いていました。
次第に私は、Aさんに“特別扱いされる理由”をつくろうとしました。 お金を渡せば、少しでも特別に思ってもらえるかもしれない。 プレゼントを選べば、自分の存在を覚えていてもらえるかもしれない。 そう思って、チップやプレゼント、行く場所選びまで—— すべてが“特別でありたい自分”を保つための手段になっていました。
でも不思議なことに、その時間は決して苦しいばかりではありませんでした。 Aさんが喜ぶ顔を思い浮かべながら何かを選ぶ時間、 どんな言葉をかけたら嬉しいだろうと考える時間は、心の底から幸せだったんです。
けれど、その“幸せ”には、いつも恐怖が隣り合わせにありました。 お金が底をつくカウントダウンが始まったとき、 私は初めて「このまま会えなくなるかもしれない」と本気で怖くなりました。
Aさんの心が、自分から離れていくんじゃないか——。 お金がなくなった瞬間に、その関係も終わってしまう気がして、 焦りと不安で胸が押しつぶされそうになっていました。
会えないことよりも、「会えなくなったあと、彼女の心の中に自分が消えること」が怖かったんです。
“愛されたい”より、“必要とされたい”にすり替わっていた
Aさんのことを想えば想うほど、私は“愛されたい”と願っていたように感じていました。 でも今思えば、あのときの私は、“愛されたい”のではなく、 “必要とされたい”と強く願っていたのかもしれません。
彼女の中で「特別な誰か」でありたい。 「いなくなったら寂しい」と思ってほしい。 そんな気持ちが、私の中でどんどん膨らんでいきました。
Aさんにとっての私は、お客様のひとり。 それは頭では分かっているのに、心が納得してくれなかった。 私は、Aさんにとって“必要な存在”になりたくて、 会話を思い出しては「次はもっと笑わせたい」と考え、 彼女が少しでも喜ぶことを探していました。
それは恋というより、もはや“自分の存在価値を確かめる行為”だったのかもしれません。 Aさんが笑ってくれれば、自分の存在が肯定されるような気がして—— その一瞬の安堵を得るために、私は彼女を求め続けていたんです。
でも、それは長くは続きませんでした。 会えば幸せなのに、帰り道でいつも胸が苦しくなっていた。 “また会いたい”ではなく、“また会わなければ心が壊れそう”という感情に変わっていた。
そのときようやく、私は気づきました。 Aさんのことを想っているようで、 本当は「自分が誰かに必要とされたい」という気持ちを、 彼女に投影していただけだったんだと。
ガチ恋の沼から抜け出せたきっかけは「お金が尽きた」ことだった
結果的に、自制のできなかった私は、貯金も底をつきました。 自由に遊びたいときに遊べなくなり、現実に引き戻されました。 会えない時間は本当に苦しくて、どうしようもなかったです。
「借金をしてでも会いたい」と何度も思いました。 でも、そのラインを超えたら本当に戻れなくなる気がして、 そこだけは必死に踏みとどまりました。
それからは、毎月の収入の中で少し余裕があるときだけ—— 自分の生活を壊さない範囲でお店を利用するようになりました。 そうやって、気づけば“会うために生きる”のではなく、 “生きる中の一部として会う”という感覚に少しずつ変わっていきました。
「ただの風俗遊び」のはずが、どうしてこんなに苦しいのか。 何度もキャストさんからもらったお礼の文面を読み返して、 「もう会えないんだ」と涙が出ることもありました。 まるで悲劇のヒロインにでもなったような気持ちで、 自分の感情に酔っていた部分もあったと思います。
だからこそ、また会えたときには、 “会えなかった時間を取り戻すように”彼女の心と体を求めてしまいました。 そのたびに「もうやめよう」「このままではいけない」と思いながら、 どうしても、完全には離れられませんでした。
Aさんを想う気持ちは、確かに“誰かを本気で好きになれた証拠”でした。
キャストの卒業で訪れた“本当の終わり”
そんな生活を続けるうちに、会えない時間が強制的に生まれたことで、 少しずつ頭が冷静になっていきました。
そんなある日、私の脳天を割るような発表がありました。 ——Aさんの卒業です。
何が起きているのか理解できず、ただ「会えなくなる恐怖」だけが私を支配していました。 残された時間はあとわずか。 あれほど会いたかったのに、“次に会うときが最後”という現実を受け止めるのは苦しかった。
でも、最後に会わなければ一生後悔すると思い、 私は精一杯の勇気を出して予約をしました。
予約日が近づくにつれて、不安と現実逃避の間で揺れ続けました。 当日になっても、Aさんに伝えたい言葉がうまく言葉にならなかった。
そして迎えた最後の時間。 Aさんは変わらず優しく、穏やかな笑顔で私を迎えてくれました。
「Hさん、出会ったときよりも元気になってよかった。 私もあなたと過ごすことでとても楽しかった。ありがとうね。幸せになってね。」
その言葉を聞いた瞬間、涙があふれました。 嗚咽しながら感謝を伝えることしかできませんでした。 あっという間に過ぎた数時間のあと、ふたりの未来は静かに終わりました。
その後、これまで感じたことのない喪失感に飲み込まれました。 セミの抜け殻のような日々。何をしても心が動かず、空っぽの毎日でした。
3か月が過ぎたころ、ようやく「このままではいけない」と思いました。 彼女はもう戻ってこない。 私の人生を、彼女のいない世界のままで止めてはいけない。
そう思い、同性向けの結婚相談所に登録し、パートナーを探す努力を始めました。 けれど、上手くはいきませんでした。 理由もわからないまま、喪失感とモヤモヤが1年以上続きました。
新しい出会いがくれた“心の再生”——ディスティニーで見つけた答え
そして、私はひとつの答えにたどり着きました。 ——この気持ちを、誰かに正直に話してみよう。
そこで利用したのが、レズ風俗「ディスティニー」さんでした。 担当してくださったキャストさんに、信頼関係を築いたうえで、 これまで誰にも話せなかった本当の気持ちを打ち明けました。
話しているうちに、自然と涙があふれました。
キャストさんは静かに聞いたあと、 「忘れなくてもいい。でも、そのキャストさんは“幸せになってね”と言葉をかけている。 今のあなたを見たら、きっと悲しむと思う。 いい答えを出せるかわからないけど、立ち直るために一緒に考えたい。 この話、あおいさんにも共有していい?」と尋ねてくれました。
私は恥ずかしかったけれど、 「抜け出せるきっかけになるなら」と伝え、了承しました。
数日後、あおいさん(ディスティニーグループ代表)から連絡をいただきました。 “経営者としてではなく、同じ立場を経験した友人として話を聞かせてほしい”と。
詳しい内容はここでは省きますが、 あおいさんからかけられた言葉は、今も心に残っています。
「なぜレズ風俗を使ったのか? 本当に欲しかったのはキャストさんの心だったのか?たぶん違うと思う。だから、一歩引いて自分の感情と向き合ってみてほしい。」
そして、 「自分では整理しきれないなら、専門のカウンセリングを受けてもいいと思うよ」 とも言ってくださいました。
私は迷った末、心療内科を受診する決断をしました。 カウンセラーさんの助けを借りて、自分の心と感情を少しずつほどいていきました。
たどり着いた答えは、意外なものでした。 ——「私は、幼少期に家族から十分な愛情を受けられなかった」。 だからこそ、愛情に対して執拗に執着し、 “誰かに強く愛されたい”という思いが、Aさんへの恋愛依存を引き起こしていたのです。
まとめ:沼を抜けて見えたもの
レズ風俗に溺れたことは、決して誇れることではありません。 でも、あの経験がなければ、私は自分の“心の穴”に気づくことはできなかったと思います。
Aさんへの恋は、私にとって「人を本気で想うことの尊さ」と、 「愛されることに依存する怖さ」を教えてくれました。
そして、ディスティニーでの出会いが、 “恋をしてもいい、でも自分を見失わないでいい”ということを教えてくれました。
少し時間はかかったけれど、 私はようやく「誰かを好きになっても、自分を大切にしていい」と思えるようになりました。
ガチ恋をしていた当時の心境まとめ
- 1回目の指名は「癒やされたい」という目的があった。
- 2回目以降は、“キャストさんに会うこと”自体が目的になっていた。
- まさか自分が風俗嬢に本気になるとは思っていなかった。
- だからこそ、自分が恋をしていることに気づくのが遅かった。
- 余剰資金で遊べなくなっても、それが“異常”だと気づかなかった。
- 他のお客様に嫉妬をしてしまった時点で、もう普通ではなかった。
- キャストさんのプライベートを探ろうとしたのも、普段の自分では考えられない行動だった。
- 「嫌われたくない」と「自分だけを見てほしい」という気持ちが、いつも心の中でせめぎ合っていた。
- 他のお客様より特別扱いしてほしくて、「お金を渡すから個人的に会いたい」とさえ思った。
- キャストさんの手取りが増えるなら、それでいいと自分に言い訳していた。
- プレゼントやチップも、“感謝”より“特別扱い”を求めるための手段になっていた。
- それでも、キャストさんのことを考えて選ぶ時間は、本当に幸せだった。
- 貯金が減っていく中で“会えなくなる恐怖”を感じていた。
- キャストさんの心が離れていくのが怖くて、「あと何回会えるんだろう」と数を数えるようになっていた。
ディスティニーグループの想い——“恋”ではなく、“自分らしさ”を取り戻す場所として
レズ風俗という場所は、決して“恋をするための場所”ではありません。 けれど、人と人が向き合い、心を通わせる以上、 そこには確かに“感情”が生まれます。
私たちは、その感情を否定したくありません。 誰かを好きになる気持ちも、苦しくて涙する気持ちも、 すべて“あなたが誰かを真剣に想った証”だからです。
ただ、その想いの中で自分を見失ってしまう人がいることも、好意をぶつけられたが故に苦しむキャストがいることも 私たちは知っています。 だからこそ、ディスティニーグループは“恋を作る場所”ではなく、 “自分を取り戻す場所”“依存・沼のない底抜けに明るいヘルス特化のお店”でありたいと考えています。
キャストたちは、あなたの孤独や寂しさを優しさで受け止め、 心が軽くなる瞬間を一緒に見つけたいと思っています。 そして、あなたがまた“自分の人生”を歩めるようになるための きっかけを届けたいのです。
恋に苦しんでもいい。 誰かを本気で好きになってもいい。 でも、どうかその中で“自分を大切にすることで、相手を大切にできることにつながる”ことだけは忘れないでください。
あなたがこの場所で過ごす時間が、 「誰かのための時間」ではなく、 「自分を思い出すための時間」になりますように。
記事の監修者
名前:あおい
自己紹介:東京レズ風俗「ディスティニー」創設者であり、元レズ風俗ユーザーのあおいです。
ディスティニーを運営する中で感じた、レズ風俗業界や当店の課題、そして元利用者としての率直な視点について、時々発信しています🔥
お客様のことを「良き友人」として考えており、警告や説教のような形ではなく、あなたの悩みやレズ風俗の利用に関する課題、そして卒業までのサポートを一緒にしていきたいと考えています。
人生が前向きに変わるようなサービスを提供できるよう、日々精進してまいります。





